株式会社 西原商会

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PROFILE PROFILE

1976年、鹿児島生まれ。西原商会の創業者の長男として、倉庫を遊び場にして育つ。一橋大学卒業後、現在のKDDI株式会社に入社。自分にいちばん向いていない仕事にチャレンジしたいと企画部門を志望。法人系ネットワークサービスの企画に携わり、年間400億円規模のビジネスの立ち上げに参加。5年間勤めた後に、西原商会へ。2012年に代表取締役に就任、現在に至る。趣味は飲み会。みんなで集まって、みんなで楽しむことが好き。学生時代はDJとしてイベントをオーガナイズしていたというサービス精神は39歳になった今もなお健在。


親父に怒られたのは、あの時の一度だけ。 親父に怒られたのは、あの時の一度だけ。

下が倉庫で、上が自宅。学校から帰って「ただいまー!」って言うと、受付のお姉さんが「おかえりー!」と返してくれるような環境で育ちました。中学生の頃でした。ある日突然、親父が「おまえ、継ぐか?」と聞いてきたんです。僕は「継ぎます」と即答した。まわりの大人たちは「会社背負っていけるのか?」「おまえで大丈夫か?」なんて心配した。確かに、継ぎますって言ってみたものの、何をどうすればいいのかさっぱりわからない。勉強すれば、社長業がうまくなるとも限らない。社長とは、当時の僕にとってはかなり漠然としたものでした。親父からああしろこうしろと、うるさく言われることもなかった。ただ、一度だけこっぴどく怒られたことがある。小学生の時のことだ。倉庫が遊び場だった僕は、いつものように社員さんにからんで、ちょっかい出したり出されたりしていた。何かのはずみで僕が社員さんたちに「おまえらクビだー!」と言ってしまったんです。これ、ものすごい怒られまして。「社員のみなさんがいるから、おまえは生活できるんだぞ。うちの会社は社員が一番大事なんだぞ」と。他のことは覚えていないのですが、その時のことだけは強烈に覚えています。


おかげさまで伸び盛り。みんなの会社、西原商会。 おかげさまで伸び盛り。みんなの会社、西原商会。

東京の大学を卒業した後に大手通信会社に5年間勤務したのちに西原商会へ。2012年3月、僕は西原商会の社長になった。創業者と同じようにやれなきゃいけないという変なプライドは捨てることにした。もっと大事にしなきゃいけないことがある。それは「西原商会はみんなの会社だ」ということ。うちは社員が一番大事。それこそ創業者である親父が一番こだわってきたことだ。だから会社の方針も、社員の声を汲み取って決める。中期経営計画の策定で、コンサルタントに協力してもらい全社アンケートをとったのだが、「西原商会がどんな会社になったらうれしいですか」という設問への答えには驚いた。みんな「伸び続ける会社」って答えていたんです。西原商会の発展こそが、みんなの会社に対する想い。すごく嬉しかったですね。おかげさまで、創業から40年以上も連続して増収。これも一人ひとりの想いと行動により生まれた勲章です。毎年、いろんな変革に取り組んでいます。目標とスローガンもみんなとの話の中から、会社の雰囲気を汲み取って決めています。「1,000億円という目標もそろそろなんじゃないですか?」と言われることも増えてきました。もちろん売上も大事。規模の拡大も大事。でも、規模だけを単純に追いかけていくのではなく、もっと楽しく伸びていきたいんですよね。たとえば、もっと面白い会社になりたい。業務用の卸という真面目な業界で、面白さを追求しているんですよ。お客様も笑ってくれるし、何より僕らも楽しい。みんなの西原商会は、これからもっともっと面白くなっていく予定です。

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